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名古屋高等裁判所 平成10年(ラ)33号 決定

主文

一  原決定を取り消す。

二  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、相手方は、「本件抗告を棄却する。」との裁判を求めた。

二  本件申請は、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨が定款で定められ(商法二〇四条一項但書。以下「商法」の記載を省略する。)、株券が未発行のあるく日本株式会社(以下「あるく日本」という。)の株式を譲り受けた抗告人が、あるく日本に対し、右株式取得を承認しないときは株式を買い受けるべき者を指定することを請求し(二〇四条ノ五)、あるく日本から株式を買い受けるべき者として指定された(二〇四条ノ五、二〇四条ノ二第三項)相手方との間で株式の売買価格の決定を求めている(二〇四条ノ五、二〇四条ノ四)ものである。

三  当裁判所の判断

1  本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  あるく日本は、発行済株式につき株券の発行をせず、かつ、定款により株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨定めている。

(二)  後藤淑子(以下「淑子」という。)は、あるく日本の額面五〇〇円の株式二〇〇〇株を、株券の交付を受けることなく、相手方から譲り受け、その後の増資により株数五七五〇株の株主であり、あるく日本の株主名簿に右株式の株主として記載されている。

(三)  淑子は、あるく日本に対し、平成九年五月二三日到達の内容証明郵便で、右株式につき、株券の発行を請求したが、あるく日本はそれに応じなかった。

(四)  抗告人は、同年六月二八日、右株式のうち一一五〇株(以下「本件株式」という。)を淑子から譲り受け、同日、あるく日本に対し、右株式の取得を承認するよう請求し、その承認がない場合は右株式の買受人を指定することを求める旨の内容証明郵便を発信し、この郵便は同月三〇日にあるく日本に到達した。

(五)  あるく日本は、同年七月一一日、抗告人に対し、抗告人の本件株式譲受を承認しない旨及び本件株式の買受人を相手方と指定する旨通知し、同通知はそのころ到達した。

あるく日本から右買受人に指定された相手方は、あるく日本の創業者で、昭和四五年の設立時から平成元年まであるく日本の代表取締役であり、現在も取締役の地位にある。

(六)  相手方は、同年七月一八日、二〇四条ノ五、二〇四条ノ三第二項所定の金額一四〇万九九〇〇円を名古屋法務局に供託した。そして、相手方は、抗告人に対し、同月二一日到達の内容証明郵便により、本件株式を自己に売り渡すべき旨を請求した(以下「本件株式売買」という。)。

(七)  抗告人は、本件株式の売買価格の決定を求めて本件申請をした。

(八)  相手方は、同年九月一〇日到達の内容証明郵便で、抗告人に対し、抗告人が本件株式の株券を供託をしないとして、本件株式売買契約を解除する旨の意思表示をした。

抗告人は、抗告人の株券不供託は債務不履行に当たらないし、株券不供託を理由に本件株式売買契約を解除した旨主張するのは権利の濫用として許されない旨主張している。

2  抗告人と相手方との本件株式売買契約は、本件株式を自己に売り渡すべきことを請求する旨の相手方の意思表示が抗告人に対し到達したときに成立したものと解されるところ、買主である相手方は、右の買受請求の意思表示をするために必要な所定の金額を、供託所に供託した(二〇四条ノ三第二項)のに、売主である抗告人は所定期間内に本件株式の株券を供託(二〇四条ノ三第四項)しなかったので、買主である相手方が右株券の供託がないことを理由に本件株式売買契約の解除の意思表示をした(二〇四条ノ三第五項)旨主張しているのであるが、右にみたように、株式の売主から株券の供託がないときは株式の買主は売買契約を解除できる旨法定されている場合においても、右の売買契約の解除が権利の濫用にわたるときは、解除の効力が生じないものと解される。

そこで相手方による本件株式売買契約の解除の効力につき検討するに、前記1のとおり、本件株式の株券は、遅滞なく株券を発行すべき義務(二二六条一項)に反し未発行なものであるところ、相手方はあるく日本の創業者で設立時から約二〇年間にわたり代表取締役の地位にあり、現在も取締役の地位にあって、本件株式の株券未発行につきその責任があること、相手方は淑子に対し株券を交付することなく株式を譲渡していること、淑子はあるく日本の株主名簿に株主として記載されているうえ、同人からあるく日本に対し本件株式を含む自己の全株式の株券発行を請求したにもかかわらず、あるく日本は株券を発行しなかったこと、抗告人は本件株式の株主である右淑子から本件株式を譲り受けたことが認められること、あるく日本は本件株式の買受人として相手方を指定し、相手方とあるく日本との関係はなお緊密であるとうかがわれることなどの事実関係に照らすと、本件紛争が惹起されたことにつき大半の責任があるというほかない相手方が、抗告人により本件株式の株券の供託がされていないことを理由に、本件株式売買契約解除の意思表示をすることは信義則上許されないというべきであり、したがって、相手方のした本件株式売買契約解除の効力は認められない。

そして、本件においては、(1)株券の未発行に関し、あるく日本と相手方とは人格が別個であり、また相手方はあるく日本の機関として行動したものではあるが、あるく日本と相手方との前記緊密な関係及び株券未発行が実質的に相手方の意向に基づくことに照らせば、形式的に人格が別個であることを理由に相手方の帰責事由を否定するのは相当でない。また、(2)株主は会社に対し株券の発行を請求できるのであるから(二二六条)、本来株主である淑子が第三者である抗告人に株式を譲渡する場合は、株券の発行を受けたうえで行うべきものであるが、前記のように株主である淑子が右の請求をしたにもかかわらず、相手方と密接な関係にあるあるく日本は淑子の右請求に応じなかったことが明らかであって、将来も株券発行に応じるとは考えられない。そして、(3)株式を譲渡するには株券を交付することが必要であり(二〇五条一項)、株券の発行前にした株式の譲渡は、譲渡の当事者間では有効であるが、会社に対してはその効力を生じない(二〇四条二項)けれども、会社が株券の発行を不当に遅滞し、信義則に照らして株式譲渡の効力を否定するのを相当としない状況にあったときは、株主は、株券の交付がなくとも、意思表示のみで会社との関係においても有効に株式を譲渡することができる(最大判昭和四七年一一月八日民集二六巻九号一四八九頁)ところ、前示の各事実によれば、抗告人は、淑子(前記のように同人はあるく日本の株主名簿に登載されており、あるく日本も、淑子が本件株式の株主であることは争わず、それを前提として、本件株式の買受人として相手方を指定している。)から本件株式を譲り受けるにつき株券の交付を要しないものと認められ、相手方も、株券なくしてあるく日本に対して株式の取得を主張でき(ただし、右両者の関係及びあるく日本が本件株式の買受人に相手方を指定していることから、あるく日本が相手方の株式取得を承認しないことは考えられないが。)、したがって買受人である相手方からあるく日本に対し株券の交付を請求できるのであるから、前示判断が相手方の本件株式売買契約による権利取得を害する結果になるものではなく、売主に株券を供託させることにより株式買受人の株券取得権を確保しようとした法の趣旨(二〇四条ノ五、二〇四条ノ三第四項)を損なうことはない。(4)そして、抗告人の代表者である後藤博が数年間あるく日本の代表取締役を勤めていたからといって、これにより前記判断が左右されるものではない。

四  以上のとおりであって、抗告人と相手方との本件株式売買契約は有効で、本件株式の売買価格を求める抗告人の申請は理由があり、これと判断を異にする原決定は失当であるからこれを取り消して、本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渋川 満 裁判官 河野正実 裁判官 佐賀義史)

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